ぷーたろーの人工透析日記はじめました。

2016/4/19に歩くのはもう無理かもと医者に宣告されるも 半年後に立ち上がり数m歩く事に成功 何とか普段の生活では車椅子を取る事に成功! 車椅子で参戦してた大好きなももクロのライブも徐々に車椅子無しで参戦!

刑務所

透析導入から12年の記録 ⑪

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入院などでばたばたしていて少しあいてしまっていたが

入院生活も落ち着き時間が出来たので又すこしづつ書いて行こうと思う

初めて自分の血管でシャントが作れて大きなトラブルもなく5年が過ぎた頃には120kだった体重は140kになっていた

そんなある日ある事件を起こし逮捕された

それは突然だった

いつも通り2階で寝ていると1階からピンポンピンポンというチャイムの音が寝ぼけた頭の中に聞こえてきた

誰も出る様子がない

家族は出かけている様だ

チャイムの音は一層激しく鳴っている

俺はいつもどおり完全無視を決め込んでいたがやな予感はだんだん胸の中で大きくなっていた

するとチャイムが突然鳴り止みほとんど同時に複数の足音が階段を駆け上がってくる音が聞こえた

嫌な予感が当たったと思った

ガサだ(家宅捜査)  

おいっ○○起きろと言われ

ひとつ伸びをしていかにも今起きましたみたいな演技をした

すると目の前に家宅捜査礼状がかざされ

同時に逮捕理由をいわれ逮捕状もかざされた

また懲役だと思った

初めてではないので捕まってただで済む訳がないのは分かりきっていた

また懲役だ

今までの懲役と違うのは俺が人工透析をやっている事だ

家宅捜査では特に何も発見される事もなく(やましい物は何も無いのだから当然だが)そのまま警察に連行された

連行される車中で俺は有る話を思い出していた

やくざ業界の都市伝説ともいうべき話で人工透析患者は刑を免除されるというものだ

俺が透析になった12年ぐらい前はそんな事有る訳無いという人が大半であったが年配の人の中には本気で信じてる人が結構いて俺もよく言われたものだ

俺が透析をやっていると分かると「お前これでパクられても大丈夫だな」と真顔で言われたものだ

物を知らない俺は「そんな事あるわけ無いでしょう」と言葉に出し内心どうなんだろう本当ならいいなぁ~などと考えていた

そんなことを思い出しながら連行されてると俺の心の中がまるで分かるかのように1人の刑事が「透析は連れてくから心配すんな」といって来た

「心配なんかしてねーよ」と答えながらやっぱり都市伝説じゃねーかと思い心の中で苦笑していた

そんな事を思っているうちに署についた

状況が分かってくると署に集められたのは俺含め7人

家宅捜査時にいなくて指名手配になったのが2人の様だった

簡単な取調べが行われそれぞれいろいろな警察署に振り分けられた

同じ留置所に入れる訳にはいかないのでみんな違う署にばらばらにされるこれを あずけ と言う

本来事件の担当警察署の留置所に主犯を入れる

取調べの回数も多くなるからだ

あずけといっても預けた人間の事を預けた先の刑事が取調べをする訳じゃない

取調べは担当警察署の刑事がそれぞれのあずけ先に通いあずけ先の取調室を借りて行うのだ

当然主犯が担当警察署にいることになる 

しかし今回は主犯でもない俺がメインの署に置かれた

理由は簡単で透析があるからだ

基本的にあずけ先の署では何もしてくれない

こうして留置所生活がはじまった
 

                         きょうはここまで
 

透析導入から12年の記録 ⑫

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逮捕され警察に集められた俺たちはまず尿検査が行われたようだ

薬の前科持ちも複数いたし
 
後から分かったことだが家宅捜査の時点で現物が出た人間もいたらしいから当然といえば当然だ

刑事が俺にも小便出せといってきた

悪い薬などやってなかったので強気だった俺は透析で小便など出ないことをすべてはしょって「でねぇよ」といった

それに自分の場合どうなるのか以前から興味があった

俺が「でねぇよ」と言うと若い刑事が色めき立ち裁判所で礼状とって強制採尿すると言い出した
        
そこで俺は「ださねぇって言ってんじゃなくて、物理的に出ねぇって言ってんだよ。そんなに調べたきゃ採血でも何でも好きにしろ」としたり顔で言った

若い刑事がきょとんとしこいつ何いってんだと言う顔で俺を見てきた

そこで初めて小便が出ないことを説明した

刑事たちも透析をやっているのは知ってても透析がどういうものかまでは分かっていない様だった

俺も透析になってはじめての逮捕だったが

刑事たちもはじめて透析患者を扱う人ばかりで試行錯誤しながらやっていたんだろう

俺の話を聞いた若い刑事は「ちょっとまってろ」と言うと部屋を出て行き少したつと年配の刑事と戻ってきた

結果俺は採尿は免除になった

おれ自身の家から何も出てないのと薬関係の前科がないこともあったからかもしれないずっと疑問に思っていた事があっけなく結果が出た

そうして逮捕当日は簡単な身上調査のみで留置場に収監された

翌日は本当なら透析なのだが送検だったので逮捕の週だけ変則だった

そしていよいよ留置所からの初透析の日がやってきた

朝食を食べてすぐに支度を始める

当然腰紐に手錠だ

俺を連れて行くのは3人

俺1人に3人とは大げさなと思う人もいるかもしれないがこれが通常の護送体制である

数的優位を守っているのだ

1人がトイレに行っても2対1警官と俺が1対1になることはまず無い


病院は警察から車でわずか3,4分の所にある総合病院

その病院は通いの人がやる透析場と入院患者がやる透析場と別々に分かれていて俺は後者の方でやることになった

透析場には病院スタッフの休憩場から入る

入ってすぐに体重が量れるベットがパーテーションで囲まれおいてある

極力一般の患者さんの目に触れない配慮がされていた

事実ここにいた数ヶ月の間ほかの患者と目があった記憶が無い

ベットに横になり体重を量る

腰紐はそのままに手錠をはずされ体重にカウントされないように警官がはずした手錠を持ち上げている

量り終わると手錠はベット柵に取り付けられた

さすがに透析中は手錠をはめられなかった

連行の警官も機械を珍しそうに見ていた

初めてなのだろういろいろ質問してきた

担当の刑事でもない留置場の警官とは結構和気藹々と話す

これはどこでも大体そうだろう

そして無事透析が終わった

この日の透析で俺の心にダイエットのスイッチが入る出来事があった

                                         今日はここまで

透析導入から12年の記録 ⑬

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留置場から透析に行った初日

透析が終わり体重を量ると300g引けていた

逮捕される前の病院ではプラスマイナス100g位の誤差はたまにあったが300gも引けたのは初めてだった

当時のDWが140k丁度だったので139,7kになっていたわけだ

些細な出来事かも知れないがなぜか心に今日からダイエットをやるぞと言う火がついた

まだ透析になる前の懲役でもダイエットに成功していて

その時は留置場、拘置所と何もせず刑務所に行ってからダイエットをはじめた

それで結果が出たので留置場にいる時からやっておけばよかったと後悔したものだ

そうゆういきさつもありいつダイエットを始めようか漠然と考えてた所に予期せぬマイナス300gだった 

やる気にスイッチが入った

そして目標は60k減の80kに設定した

留置場や拘置所ではお金を持ってればお菓子やパンが食べられるしジュースも飲める

だが刑務所ではそうは行かない

だから普通刑務所では嫌でも節制しなきゃいけないので留置場や拘置所では好きな物を食いだめしておくと考える人が多いが

俺は刑務所に行くまでに少しでもやせて懲役生活を楽にしたかったのだ

具体的に言えば入所から出所までダイエットをするのじゃなく1日も早く目標達成してやせた状態で刑を努めたかったのだ

そんな考えもあり逮捕され1回目の透析からダイエットを始めたのだ

その後も透析のたびに200g~300g多い時は500g位引ける時もあった

つまり透析後に200g引けてれば次回の透析開始時その200g引けた体重をDWとして透析を始めるのだ

毎回引ける理由は俺はHDFなのだが逮捕が急なことでHDF専用の機械が用意できなかったらしいが真実は分からない

毎回補液が微妙に残っていたが

それをずっと続ければいい

このやり方で最初の一月で4k痩せた

ダイエットは思った以上に順調だった

事件のほうはというとその頃には2度の再逮捕を経て全員起訴になり2つのグループに分けられていた

簡単に言えば通常の裁判を受けるグループと裁判員裁判を受けるグループの2つだ

俺は前者に入れられた

理由ははっきりしていてメインの事件が起きた時透析だったのだ

病院もはっきりと証言したので警察もこればかりはどうしようもなかったらしい

その後自分も絡んでしまうのだが・・・

このことが面白くないのか

手配中の人間がまだいるからか

なんだか分からないが起訴になっても接見禁止が取れなかった


                                   ではまた














 

透析導入から12年の記録 ⑭

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少し留置場の生活について

刑務所を知ってる者にとっては留置場はマンガみたいなものだ

日中は調べが無きゃ横になり放題だし

金があればお菓子やパンも食べられる

今はだめみたいだが当時はまだ平日はタバコ2本吸わせてくれた

もちろん自分の金で買えればだが

地獄の沙汰も金次第とはよく言ったもので留置場や刑務所ほど金の有る無しで生活水準が代わるところはない

特に刑務所はそうだ唯でさえみじめな刑務所暮らしが金がないともっと悲惨だ

そこらへんは又書くことにして

留置官も基本的にやさしい

事件のことなどまず聞いてくることはないし

はっきり言って俺ら留置人の使い走りみたいなものだ

水と言えばコップに汲んで渡してくれ

食事の上げ下げまでしてくれる

唯でさえ大変な仕事に俺が入ってきたのだから余計大変だったろう

なぜなら俺が入った留置場はあまり大きい所ではない満員でも3,40人だろう

満員になることも無く俺が入った時で10人位で最初4人部屋に1人で入れられた

留置官の勤務シフトは3人一組が3班A班B班C班だとする

勤務時間は朝8時から翌朝8時までの24時間勤務

俺を透析に連れてくのは留置の仕事である

透析の日はこうなる

A班が仕事明けだとするとその日勤務のB班が俺を透析に連れて行く

俺の透析の出発が8時くらいで帰りは昼の1時くらいだった

つまりA班は俺を透析に連れて行ったB班が戻るまで帰れないのだ

俺が拘置所に移送になるまでは大変だったに違いない

俺が留置場にいた頃はこれも時代なのかオレオレ詐欺や闇金でパクられてる奴が結構いた

特にオレオレ詐欺の出し子が本当に多かった

それも二十歳ぐらいの右も左も分からない様な逮捕されるなんて初めての子たちが多かった

話を聞くともらった金額は1万円とかである

これっぽっちの金で1発懲役だ

オレオレ詐欺は初めてでも執行猶予も無い

みんなそれを知ると事の大きさに驚いていた

そんな子達だから捕まれば全部しゃべってしまう

それでも上まで行かないんだから本当にたちが悪い

ここで留置場の1日を簡単に説明すると

起床が6時だったか6時30分だったか(適当ですみません)

ざっと部屋の掃除して洗面

7時ぐらいに朝飯

平日なら順番に運動場でタバコ2本吸わせてくれ

週に2回風呂に入れる

後は12時昼飯5時くらいに夕飯

この間に刑事に呼ばれれば取り調べ

検事に呼ばれれば検察庁にお出かけ

そして9時就寝

ざっとこんな感じ

起訴になり拘置所への移送待ちなどは調べが終わっているので

タバコと風呂と洗面以外留置場から出るときが無い位だあーそうそう後面会があった

何しろ調べが終われば暇だが

俺の場合透析もあったので結構忙しかった

最初にも書いたが留置場は本当に甘い慣れればなんて事無い

しかし一つだけ悲惨なのが飯だ

これははっきりいって刑務所のほうが何倍もうまい

留置場の飯は仕出し弁当なのだ

自弁と言って差し入れしてもらえるのだが同じ仕出し弁当のおかずがちょつと多いだけで頼む人はめったにいない

何しろ冷たいのだ

考えてみてほしいこれが何ヶ月にもわたり朝昼晩朝昼晩と続くことを

朝はインスタントの味噌汁がつくがとてもじゃないが耐えられない

ダイエットにはよかったのかもしれないが
 
こんなかんじで留置場生活は飯以外は結構楽しく透析もダイエットも順調だった 

透析導入から12年の記録 ⑮

2度の再逮捕を経て起訴になると本当に暇になる

刑事から取り調べに呼ばれることも無くなり

検事調べのため検察庁に呼ばれる事も無くなる

しかも起訴になったにもかかわらず接見禁止が取れないため面会や手紙のやり取りも出来ない

外と連絡取る手段は弁護士を通すしかなかった 
 
 これには本当に参った

そうなると透析がいい暇つぶしになった

透析に行けば看護師や技師と話せるからだ

自分から話しかけなくても特に年配の看護師さんなどは興味があるようで留置場での生活のことなどを聞いてくる

さすがに事件の事だけは聞いてこないが

透析中は交代で警官が一人ベッドの横に付き添っているのだがここら辺の無駄話は警官から特に注意されることも無い

一度こんな笑い話があった

付き添いの警官はジャンパーなどを着たりしてぱっと見警官には見えない様に気を使ってる

俺のベッドはパーテーションで仕切られほかの患者が見えないようになっていたがほかの患者からは俺が見えないにしてもだれか透析をやってるのは分かる訳でそれがパーテーションで囲まれ何人かの付き添いまでいるのだから俺はほかの患者から危篤でもう時間の問題なので家族や友人が会いにきていると他の患者が噂していると半笑いの看護師に言われた

誤解を解くすべもないので結局そういう事にしておいた

ここの病院の人たちは本当によくしてくれた

こんな事もあった 

透析室にはテレビがあったが俺は見ることが出来なかった

その頃はバンクーバーの冬季オリンピックをやっていてその日は日本中が注目していた浅田真央のフリーの演技の日だった

看護師や技師それに先生までもはじまるのをいまかいまかと待っていた

すると演技が始まる直前先生がテレビを俺の近くに持ってきて見出した

画面は見えなかったがボリュームを大きくして付き添いの警官に「音ぐらいいいでしょう」と言ってくれた

これには付き添いの警官も「どうぞ」と言うしかなかった様だ

先生の粋な計らいに感謝しながらフリーの曲ラフマニノフの鐘を聞いていた

後に拘置所に移る際この先生は出所時に透析をやる病院が決まらなければうちに来なさいと言ってくれた

そうゆう優しい先生だった

結局お世話になることは無かったが今でもたまに思い出す

元気でいてくれるといいのだけど

こうして透析とダイエットは順調だった


 
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ぷーたろー

波乱万丈な人生を送ったぷーたろーが、40代にして初めて触ったパソコンを駆使して、病気の事からスポーツの事や大好きなももクロの事まで日々の生活で感じた事などを思うままにつづった、なんでもありの雑記型ブログ

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