ぷーたろーの人工透析日記はじめました。

2016/4/19に歩くのはもう無理かもと医者に宣告されるも 半年後に立ち上がり数m歩く事に成功 何とか普段の生活では車椅子を取る事に成功! 車椅子で参戦してた大好きなももクロのライブも徐々に車椅子無しで参戦!

透析生活の始まり

長〜いリハビリとの付き合いがはじまった😃5

おはようございます!

予約投稿の時間間違ってた・・・
この記事は朝6時にUPになってるはずだったのに・・・

もし白いカードを配ってたら・・・の続き

何とか三途の川を渡る事無く3週間振りに意識不明から目が覚めると俺は人口透析患者になっていた

それに喉には呼吸器がついていて声も出せず意思の疎通は五十音を書いたボードを指差してする有り様だった
あ人工透析について知識が何もないのであまりピンと来ていなかった

ただ今後週3回透析を受けなければならないのは分かったけどその時点では透析自体がどういうものか全然分かって無かった

そんな事より切実な問題として焦ったのは

意識不明から3週間振りに目が覚めそのまま1ヶ月近くICUでベッドの上で寝ていた結果

歩く所かベッドの横に立つことも出来なかったことだ

これには焦った、こんな事生まれて初めての経験だ

俺にとっては訳の分からない透析より歩けない方が大問題だった

そしてベッドから起きても良いと言う許可が降りた日から生まれて初めてのリハビリが始まった

あれから14年、今に至る長〜いリハビリとの付き合いの始まりだ

俺は生きてる間中リハビリなのか運動なのか分からないが付き合っていかなけりゃならないだろう

寝たきりになりたく無けりゃやるしかない!








                             
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もし白いカードを配ってたら・・・5

おはようございます!

前回目が覚めたら・・・で話した様に倒れて「1週間がヤマだ」と言われた

でも3週間の意識不明から目を覚まし透析患者になったものの三途の川を渡る事は無く一命はとりとめた

今日はその意識不明だった時の不思議な話

良く生死を彷徨う様な臨死体験をした人の話をテレビで見たりする事がある

意識が無い時に綺麗な花が咲いている中、川が流れていてその川を渡ろうとしたら後ろから大切な人の声がして渡らなかったと言う話だったり

逆に川の向こう岸から「こっちに来てはダメだ」と言われたりとか

自分は宙に浮いていて上から俯瞰で倒れている自分を見ているとか

俺自身は3週間意識不明だった時に綺麗なお花畑も川も見なかったし、何か呼び戻されるような声も聞こえなかったし、宙に浮いて俯瞰で自分を見る事も無かったけれど不思議な体験はしている

その時俺は真っ暗な部屋の中で1人で座って何も書いてない真っ黒なカードを配っている

そのカードの束の中に1枚だけ真っ白に光るカードが入っていた

俺は1枚だけある白く光るカードを配ったらカードを配るのを辞めようと思い、必死に黒いカードを配るんだけどどうしても白く光るカードにはたどり着かなかった

結局白く光るカードは配れぬまま目が覚めた

これが意識不明の時に体験した事で何故かハッキリ覚えている

この体験が俗にいう臨死体験なのかは分からないけど

でももし白いカードを配ってたらどうなってたんだろうとたまに思う事はある








                             
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目が覚めたら・・・5

おはようございます!

倒れて意識不明の続き

倒れた俺はパチンコ屋時代に偶然お世話になった先生がいる〇大駿〇台病院に運ばれた

相撲取りの健康診断などをする病院だ(今は知らないけど)

ここから目覚めるまでの出来事は当然後から聞いた話だ

運ばれた俺は意識も無く話も聞けない状態で医者もどうすればいいか困ったらしい

一緒について来た人間にはここ1週間がヤマだと言う事で組員はもとより、家族にも連絡が行き最初病院前は数十人の悪人面が集まり異様な風景だったらしい

やがてICUには病院と組長が話して家族と本当に数名の組員だけが入れる様になり病院前にタマルのは無しになった様だがもちろん意識の無い俺がそんな状況知る由もない

自分の容態はと言えば、困っていた医者が透析をしてみたら色々な数値が落ち着いて来て容態が安定したらしい

それからは何日か続けて透析をしてたらしい

その透析を初めてしたのが導入日となってる2003年の9月24日と言う事なんだろう

そんな俺が目を覚ましたのは10月になってからで倒れてから3週間が経っていた

目が覚めると最初に看護婦が目の前にいた

俺はこの時大失態を犯したのでよく覚えてる

これは書こうか迷った

男性なら「このバカやりやがった」と笑ってもくれるかも知れないけど

このブログには女性の読者もいるようなんで引かれるんじゃと言う思いが・・・

でもここまで正直に書いて来てるし、正月気分もまだ抜けてない事を祈りつつ今回も書く事にした(身を削ってるなぁ)

実は倒れる2日前にある堅気の社長からの頼まれ事で仙台に1泊で行っていた

用事はすぐに終わりその日は取ってくれた秋保温泉に1泊する事になった

社長たちとホテルで食事は一緒にしたものの仙台に自宅がある社長たちは泊まる事無く帰って行きホテルに泊まるのは俺1人だった

しかしその夜、気を使った社長が女性を部屋によこした

いわゆるデリバリーでホテルなどに行く女性だ

普通ラブホテルや自宅に行くもんだと思ってたけど秋保温泉ではちゃんとした温泉ホテルでもそういう仕事の女性が入っていける様だ

これも不景気でホテルもそんな事気にしてられないのかも知れない

今はどうか知らないけど秋保温泉でもそこそこ有名な温泉ホテルがその為の素泊まりプランがあったりした

この際そんな事はどうだっていい

肝心なのは倒れる2日前に仙台でそんな事があった事と倒れて3週間振りに目が覚めた時がどういう訳か記憶がごちゃ混ぜになって、目覚めた時に目の前にいた看護婦がなぜか仙台で部屋に来た女性だと思い込んでいたのだ

まだ唯一の救いはその看護師がコスプレしている仙台の女性と思い込んで俺がいきなり尻を触ったとかならこれは大問題だけど

自分では病院だと言うのは分かっていて仙台で部屋に来た女性が昼間は本物の看護師として頑張って働いてるんだとなぜか思い込んでいた

なぜその時そう思ったかはもう説明の仕様が無い

とにかくそう思い込んでいた

おれは「昼間は本当の看護婦として頑張ってるんだ!」

「夜の仕事の事は黙ってるから頑張りなよ!」とか訳の分からない事をしゃべりまくった

言われた方は「きょとん」だろう

まさか自分がデリヘル嬢に間違えられてるとは夢にも思わないだろう

しかしいくらもしないうちに俺にも状況が飲み込めた

意識がしっかりと戻った時の俺の恥ずかしさと言ったら、ぷーたろー一生の不覚(このバカやりやがったと笑って下さい)

それ以降その看護婦の顔がまともに見られなかったのは言うまでも無い

しかし色々?あったけど三途の川を渡る事無く、3週間振りに意識が無事戻った

そして意識が戻った俺は透析患者になっていた








                             
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倒れて意識不明5

おはようございます

先日透析導入日で書いた様に透析導入時の事を何回かに分けて「透析生活の始まり」と言うカテゴリーで書いていく事にする

俺は保存期と言うやつが無く倒れて目が覚めたら透析になっていたと言う感じだ

倒れて意識が無く生死をさまようとその前後も覚えてない

何て事もあるけど俺の場合前後の事も結構覚えてる

もちろん聞かされた事もあるけど・・・

2003年9月24日

その日俺は組事務所に1人でいた

ソファーでテレビを見ていたのは覚えてる

その内いつの間にか気を失っていた

組長である俺の兄貴分が俺に連絡取ろうとして何回事務所にも携帯にも電話しても出ないと言う事で「あいつがこんなに連絡取れないのはおかしい、誰か見てこい!」と言う事で若い衆をよこした

その時俺は起こされた事も覚えてるし、若い衆に「組長に電話して下さい」と言われ

「うるせえ!水持ってこい、水持ってこい」と言ったのも覚えてる

しかし水を飲みながらまた気を失った様だ

次に覚えてるのは救急隊員が俺を運ぼうとしている所でまだ事務所だった事とやけに人が多いなぁと言うのを覚えてる

最初の記憶はここまで

後から聞いた話では、水を飲みながらまた気を失った俺を何回呼んでも起きない事に普通じゃないと思い組長に電話して状況を知らせたら「すぐ救急車呼べ」と言われた様だ

俺がやけに人が多いなぁと思ったのも当たり前で当時の俺は150k位体重があった

普通救急車は3名1組で来るがそれだと俺が持ち上がらなくてもう1台応援を読んだらしい

当時神田川沿いに建っていたマンション下は2台の救急車が止まってるので野次馬とかもいて少し騒然としてたらしい

俺はそれを聞いて意識が無くて良かったと思った

大勢の救急隊員が、野次馬が見てる中を、俺を運んでるのを想像したら格好悪くて、格好悪くて仕方ないwww

次に俺が起きたのは10月だった

倒れてから3週間が経っていた








                             
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透析導入日5

こんにちは!

皆さんの透析施設ではどうなってるだろうか?

1つのベットを使いまわす関係で透析時には自分の名前、生年月日などが書かれた札がベットの柵にぶら下がっている

病院によっては、使用してる人の札を頭の所に掛けて、他の曜日や時間帯にそのベットを使用している人の札が足元にある場合もあり、なんて名前の人が同じベットを使ってるのか分かる場合もある

今いる病院ではそんな事は無く透析時は俺の札だけ掛かっている

どこの施設でもよく見る風景で今までマジマジと見た事も無く名前と、生年月日が書いてあるんだろうと思ってた札を先日マジマジと見たら名前の下の書いてあるのは生年月日じゃ無かった

透析導入日 2003年9月24日

それを見てちょうどよかったと思った

ブログを書くのに必要になるかも知れないと思いPCに入ってるネタメモに書いておこうと思い、聞こう聞こうと思っていたのにずっと忘れていたのだ

2003年の9月と言うのは覚えてたけど日にちは完全に忘れていた

そうかあれは2003年の9月23日だったか・・・

あの日事務所で倒れてから14年目か・・・

ブログを始めた当初簡単に書いたけど、ブログにも多少は慣れてきた今、少しずつ思い出しながら当時の事を書いてみる事にする

今日は1年2か月に及ぶ入院生活に終止符を打つ目出たい退院日だ

改めて透析導入時の頃の事を見直すのもいいだろう

これ人工透析ブログだし!www

よしこれで1つカテゴリーが出来た!

ラッキー!

ブログを始めた当初はカテゴリーの使い方も分からなかったからなぁ








                             
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波乱万丈な人生を送ったぷーたろーが、40代にして初めて触ったパソコンを駆使して、病気の事からスポーツの事や大好きなももクロの事まで日々の生活で感じた事などを思うままにつづった、なんでもありの雑記型ブログ

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